8月 青年劇場スタジオ結(YUI)企画 第1回公演

「博士の愛した数式」全日満員御礼

小川洋子=原作 福山啓子=脚本・演出


 「青年劇場スタジオ結(YUI)」と命名後初めての劇団公演「博士の愛した数式」は、全日満席のうちに終了いたしました。お申し込みをお断りしなければならなかった方々にはお詫び申し上げます。この作品は、「是非全国公演を」という声援もいただいており、今年12月には福井県内での公演が実演しそうです。また、年内もしくは来年早々に再演を予定しておりますので、次の機会には是非ご覧下さい。感想文をご紹介いたします。


「母親の成長、数学の面白さをヒューマンな視点で」


左より 湯本弘美 蒔田祐子 千田京子
(撮影:あがた・せいじ)

 青年劇場の「博士の愛した数式」を観た。今まで稽古場と呼んでいたホールを小公演ができるように改装して、第1回の公演である。すでに小説としてもよく知られ、映画化もされた小川洋子さんのこの作品を、福山啓子さんがどのように舞台化するのだろうかと楽しみにしていた。

 結論から言えば、大いに楽しませてもらった。

 数学については偉大な才能を持ちながら、遭遇した交通事故のために記憶が80分しか持たない博士の、無垢で純粋な人格と、子どもへの無条件の愛情のために、博士と家政婦の息子「ルート」は友達のように仲良くなり、「ルート」を育むことになる。このテーマは変わらない。

 小説とも映画とも違う独自の設定は、母親役のキャラクターである。舞台では、母親は子育てに悩み不安を抱える、少しだけヤンキーな若い母親として登場し、息子「ルート」が博士とのつきあいを通じて変わっていく姿を見ることで、自らも母親として成長していくという設定である。

 現代社会で母親になるということは、これまでの時代にかつてなかったくらい難しい課題である。要約して言えば、人間として自立しつつ、母親になるということは、学ぶことで子どもを愛する「ピュア」さを取り戻す、あるいはそれを維持し続けるということだとぼくは思っているのだが、そういうテーマをこの作品は体現してくれている。


左より 蒔田祐子 湯本弘美 森山司

 母親役の湯本弘美さんは、役者としての能力と個性(地?)で見事に演じているし、森山司さんの慈愛に満ちた瞳(男性に言うのはおかしいか?)も博士の役柄にふさわしい。なによりも「ルート」役の蒔田祐子さんが男の子の役にぴったりとはまっていて驚いた。蒔田さんは新人で、5月の「尺には尺を」につづく出演である(ぼくの「教え子」でもある)。

 数字の面白さ、数学の世界、もふんだんに味わわせてくれる。たしか映画では、もう少し省略していたようにも思うが、福山さんはしつこいくらいにたっぷりと数学とつきあうことを観客に求める。福山さん自身がきっと好きなのだろう。「論理は美であり、美は論理だ」というセリフもあるが、同時に実在の世界、人間の生活とも深く関わる。薔薇の葉が素数で配列されていること、ヒマワリの実がフィボナッチ数列であること、にあらためてハッとする。大人の口論に挟まれて、ルートが困り果てるときに博士が「子どもを泣かせてはいけない」と書き付けるのがオイラーの定理である。原作にあったのかもしれないが、ここいらは福山さんのヒューマンな視点がよく出ていると思った。

 8月23日の新聞で、ロシア人数学者ペレルマン氏が「数学のノーベル賞」といわれるフィールズ賞の受賞を辞退したという記事が出ていた。ペレルマン氏は、「ポアンカレ予想」の解決という100年来の難問を解いたとされるが、あらゆる賞や名誉に背を向ける孤高の数学者として知られるそうだ。

(大東文化大学教授 太田 政男)


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