甲子園の先にあるもの
西日本短期大学附属高校 野球部監督 西村慎太郎

 「甲子園の先にあるものを僕たちに見せてくれた甲子園は、やはり最高の場所でした」

 これは2004年、甲子園に出場した野球部員の言葉です。「甲子園の先にあるもの」とは何なのか?現役野球部員たちはこの言葉を自分自身で実感するため、先輩たちの跡を必死に追いかけて練習に打ち込んでいます。そして甲子園に向けて本格的な練習が始まると、どの代も決まって「僕たちも甲子園の先にあるものを見たいんです」と鋭い視線で言ってくるのです。野球部の進むべき方向を示唆してくれたこの言葉は、本気で野球に取り組む我々の誇りであり財産です。監督を引き受けた当初、こんな言葉に出会えるとは思ってもいませんでした。しかし、振り返ってみれば、演劇部の活動に参加させてもらったことが、そんな言葉を生むきっかけを作ったにちがいありません。舞台に立った野球部員たちは皆、演劇部の先輩たちから「言葉を大切にしろ。本を読め!」と言われ続けたといいます。やがてそんな先輩たちに影響を受けた彼らは、活字にこだわり本を読むという習慣を野球部に持ち帰ってくれました。

 演劇部との交流が始まる前、「自分の時間を割いてまで、何故後輩の指導をするのか?」と演劇部の先輩に聞いたことがあります。その時彼らが言った「自分が学んだことを後輩たちに伝えられずにはいられない」という言葉に、私は頭をガーンと殴られたような衝撃を受けました。当時、野球をやるために学校に来ている生徒ばかりで、自分たちだけが一番苦しく、つらい練習をやっているという考えに野球部全体が陥っていたように思えます。しかし野球とは全く違う世界を体験させてもらうことで、「他者を認める」というすばらしい力を獲得した生徒たちは、やがて相手への心配りや優しさを素直に外に出せるようになりました。自分は大変なことをしているんだと自分のことしか考えられなかった生徒たちが、「人を認め、人の役に立ちたい」と動き始めたとき、彼らは大人が想像していたものをはるかに超える能力を発揮します。そして、いつの間にか、その思いが基準となり引き継がれていくことで、部の中に伝統が作られていきました。自分たちよりも高みに向かって欲しいという上の世代の思いを、下の世代が何とか引き継ぎたいと願う関係。そこには当然厳しさが存在しますが、その厳しさは常に温かさや豊かさを生み出し、また下の世代を育ててくれたのです。この豊かさと温かさは、演劇という世界と関わることで我が部が学ばせて頂いたと実感します。

 この9年間、グランドだけでなく演劇の舞台でも、生徒たちから心揺さぶられる瞬間を与えてもらいました。そして、そんな私たちの体験が舞台化されることは私たち野球部の大きな喜びです。生徒たちの忘れられない青春の日々を、再び見せてもらえることに心から感謝しています。