第二十一回

「こころを解放する 〜なぜ鑑賞行事なのか〜」


正則高等学校 教諭  阿部 武コ

《芸能って何だろう》

 「ここはある小学校、授業中の教室。みんな懸命に勉強している。でも疲れてしまう時が必ずある。そんな時、一番後ろの席で授業に置いてけぼりになったオレを見るんだ。するとオレは四角い顔で変顔をしてやる。するとプッと笑ってまたその子は授業へ参加していくんだ」渥美清と山田洋次の対談にたしかこんな一コマがあったと記憶している。芸術とか芸能ってこの場面が象徴しているなと忘れられないシーンとなっている。

 普段、働いて心身ともに疲れて…、そんな時、お前は一緒に働かなくてもいいから疲れた俺たちを楽しませ、また明日から頑張ろうって思えるようにしてくれ…、これが芸術家の生まれた背景だろうと。

 担任になって文化祭で影絵をやろうとした時のこと。「そんなのやったって女子高生は見に来ない」(当時正則はバリバリの男子校だった)と馬鹿にしていた生徒たち。そういう学級委員を連れてホンモノの影絵劇団の「もちもちの木」を観に行った。彼らは、予想だにしなかった光と影の芸術に圧倒され息を呑んだ。私は「やった」と思った。学級委員はクラスをリードし影絵を見事にやり切り、その年のグランプリをとった。

 今の生徒たちに是非ホンモノを観せたいと願う。舞台を観て日常を暫し忘れ、笑ったり泣いたりしながら心の洗濯をして欲しい。将来、労働者として働いて疲れた時に、芸術を楽しむ術も身につけて欲しい。

《生徒に観せたいもの……》

 演目探しはできれば複数教員で下見をしている。どんなものがヒットするのか改めて考えた。具体的には、@ストーリーの展開が難解でなく理解しやすい。A生き方、社会の見方考え方を考えさせられるようなメッセージ性がある。Bシリアスな内容でも適度に笑えたり泣いたりと感情の緩急がある。C見終わった後、誰かに勧めたくなるような余韻が残る。D生徒の見終わった後の顔が思い描ける。

《ヒットした「オールライト」!》

 「オールライト」は、校長と一緒に観て、「これは是非観せたいね」と一致した作品だった。

 主人公の女子高生ユキがひょんな事から色々な人々と同居し始め、荒唐無稽な展開と思いきや、ロードムービィとなって様々な人たちとの出会いによって自分の生き方を見つけていく…、今の生徒たちと等身大の主人公がいて、私たちをぐいぐいと芝居の中に引き込んでいく。笑いどころでは会場は沸き、また涙流す場面では張り詰めた空気が会場を覆った。生徒たちの反応は「良かった」が圧倒的で感想文も多数寄せられた。主人公と父親の関係に自分を投影したり、級友との関係に同様に悩んだり、将来に漠然とした不安を感じていて、みちるさんに「いいんだよ、今のままで」とハグされるシーンで自分も泣けてきたと吐露する生徒もいた。観劇後の役者さんとの交流会にも、30人近くも集まり、役者さんへの質問も矢継ぎ早に出て思い思いの感想を率直に述べ合っていた。教室では寡黙な生徒が話す話す。驚いた。演劇の力ってこういう生徒の心も解放してくれるのだなと改めて感じ入った。鑑賞行事は是非続けたいという思いを強くした場面だった。

 そのためにも下見は重要である。鑑賞行事担当の私自身の感性のアンテナも錆び付かせないよう磨きながら、本当に観せたいものに出会えるよう可能な限り観ていきたい。

 青年劇場の「オールライト」は、そう思える演劇であった。スタッフのみなさんに感謝します。有り難うございました。

「数学の魅力を演劇から発信」

福島県立福島南高等学校 教諭  朝倉 芳弘


「博士の愛した数式」   撮影:V-WAVE

《演目の決定から上演まで》

 今年度本校では演劇鑑賞教室を実施することになっていたところ、青年劇場から「博士の愛した数式」の提案をいただきました。企画責任者の私が数学の教員でもあり、また原作・映画・コミックスにもすべて目を通しており「これだ!」と即刻飛びつき、選定会議でも熱弁をふるって実施にこぎつけることができました。

 実は私自身、 数学の面白さをいかにして生徒に語るか苦慮しており、「受験科目以外は勉強しない」という生徒の姿勢をいかにして変えるかを考えあぐねていたところでした。そこへこの企画は確実に有効打を放つと確信しました。数の持つ魅力、数式の美しさ、数学の神秘性のすべてを表現している内容は確実に生徒たちの心を捉えると考えたからです。

《公演後質問が殺到》

 公演後の生徒たちの反応は概ね大好評で、数学の面白さを実感できたというのが大多数の感想です。特に、「オイラーの公式」については生徒や教員間でも話題となり、劇中での意味を知るために原作を読みたいという声も聞かれました。

 実は私も公式の解釈が公演前からの最大の関心事でした。実際には最後まで謎解きがされず、観客の解釈に委ねるという形にされたようです。むしろそのために劇の奥深さが増し、何度も話題に上がり、原作への関心をひきつけたともいえます。

 生徒たちは公式の解釈についてよく質問してきました。

《オイラーの公式とは?》

 これについて私なりの解釈で生徒に話した内容を述べてみたいと思います。

 実は「オイラーの公式」と呼ばれる式は別に存在します。
  
  というのが本物のオイラーの公式であり、この式で θ=π とおいて得られる
  
  という式が劇中で登場する式で、正しくは「オイラーの等式」といいます。

 オイラーの公式は汎用性が高く実用的な公式です。対してオイラーの等式は「至高の等式」とも呼ばれる鑑賞用の式です。「数の調和」を見事に示すものであり、まさに芸術品のごとき美しい数式です。

 「この数式の美しさをごらんなさい。e、π、i、1 という完全に独立した個性的な『数の大スター』たちが寄り添って、 すべてが0という静かな世界に収れんしてしまう。数の世界は実に不思議で見事な調和という見えない糸ですべてつながっているのだよ」

 私が博士ならこんな言葉を口にしたかもしれません。

 私は生徒たちに語りました。「あの場面で博士がどんな思いで未亡人にこの数式のメモを渡したのか考えてごらん。そのシーンの登場人物もちょうど4人だったよね」生徒たちはなんとなく納得したようです。

《演劇からの発信》

 今回は原作・脚本・演技のすべてが奥深く、深く印象に残るすばらしい演劇だったと思います。今後も多くの人々に数学を学ぶことの楽しさを発信して頂けたら幸いです。

(2017年1月)

※執筆者の冒頭の肩書は、当時のままになっています。 現在の肩書が分かる方は、文章末尾に表記しています。



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