第二十二回

「長野県の高校芸術鑑賞事業の取り組み」


長野県飯山高等学校教諭(長野県高視研芸術鑑賞専門委員) 清水 信一

 長野県では県内のほとんどの高校(私立も含めて)で毎年芸術鑑賞行事を実施しています。しかも、地域全体で同一演目を鑑賞するという合同鑑賞や、複数校が一緒に鑑賞する共同鑑賞が実現できています。この体制を支えてきたのが県の助成制度(高等学校芸術文化鑑賞助成事業)でした。この制度は授業料値上げ還元事業の一環として1983年度からはじまったもので、最高時には5千万円をこえる助成を受けてきました。私たちは県立各校に支給された助成金を拠出してもらい、公演料・会場費・移動費(山間地の学校の会場までのバス代)などの経費をプール計算し、どの学校の生徒も同じ料金で鑑賞できる仕組み(同一演目同一料金)を作り上げてきました。

 こうした助成制度、合同鑑賞・共同鑑賞、プール計算方式などが背景となって、二期会オペラ振興会の『こうもり』(1987)や松山バレエ団の『くるみ割り人形』(1994)といった企画も実現することができました。しかし、県財政の逼迫などが要因となり、助成金に限って言えば、2000年以降毎年約2割削減され、ここ数年は100万円をややこえる程度まで落ち込んでしまっています。

 鑑賞行事の運営や演目選定には各地区(北信・中信・諏訪・上伊那・下伊那)の芸術鑑賞連絡会(各校担当者が参加)や県高視研芸術鑑賞専門委員が大きな役割を果たしています。各地区の合同鑑賞・共同鑑賞やプール計算を実現できたのも連絡会や専門委員の力によるところが大きいわけです。創造団体側の理解・協力を得て、下見・プレゼンの実施、行政への陳情、双方向での鑑賞行事の実現(ワークショップなど)等にも取り組んできました。鑑賞実施後は全県同一アンケートを実施し、5段階評価を地区ごと演目ごとに集計し、意見交換をして次年度以降への参考にしているのも大きな取り組みのひとつです。

 私の在籍する北信地区は県内でも最も大きな組織で、会場の関係もあり、4〜6演目を鑑賞しています(「同一演目同一料金」制度はとれずに、「同一演目同一会場同一料金」となっています)。今年度は演劇の年で、『オールライト』(青年劇場)、『チャージ』(銅鑼)、『くずーい、屑屋でござい』(前進座)、『ダイヤル・ア・ゴースト』(うりんこ)の4作品を30校26ステージ(中高一貫校では中学生も参加)で実施しました。

 長野県の芸術鑑賞行事を取り巻く環境は年々厳しくなっています。助成金の減額により、公演料が演目選定の際の大きな要因となり始めました。また、専門委員の後継者育成や校内での理解拡大も大きな課題です。「毎年やる必要はあるのか」「なぜ割り勘にしなければならないのか」など、理解の無い管理職などから声が上がることもあります。一方で、長野県の状況が当たり前と感じている教職員は危機感が薄いのが現状です。逆に言えば、常に良質の舞台を提供し続けることが私たちの責務でもあります。新幹線や高速道路が通り時間的距離は近くなったとはいえ、長野県の高校生が本物の舞台芸術に触れる機会はあまりありません。芸術鑑賞行事の持つ意義を共有し、地方の生徒たちにすぐれた舞台芸術に触れあう機会を保障し続けていきたいものです。

(2017年7月)

※執筆者の冒頭の肩書は、当時のままになっています。 現在の肩書が分かる方は、文章末尾に表記しています。



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