第二十七回

「演劇教室」の意義


山形市立商業高等学校 校長 小林 勝喜

 私と演劇の出会いは、20年前に開催された第23回全国高等学校総合文化祭山形大会に遡ります。私は元々バスケットボール部の顧問を長く務めていたのですが、縁あってその開催事務局員となり、総合開会式や演劇部門等を担当しました。そこで私が目の当たりにしたのは、高校生たちの熱く、そして真摯に文化活動に取り組む姿でした。そのエネルギーやパワーは圧倒的な強さを感じるものであり、長く運動部の顧問をしていた私にとっては驚愕的なものですらありました。また、県内の文化活動に関わる大勢の方々と一緒に仕事をさせていただいて、地元山形が素晴らしい文化的風土を有していることも知りました。

そんな私を演劇の虜にした決定打は、全国高総文祭の優秀校を集めて開催された国立劇場での公演でした。機会があってそれを観劇した私は、それまで経験したことがないような感動を覚えました。お腹がよじれるほど笑い、涙腺が崩壊するほど涙し、そして、見終わったあとの深い感動を抑えることができませんでした。技量的にはまだまだ拙いであろう高校生が演じる演劇に、なぜ、これほど感動するのでしょうか。それは、演じ手の純粋さ、澱みのなさ、一生懸命さが伝わってくるからです。高校生らしいエネルギーとみずみずしい感性に溢れた演劇に触れたとき、魂が揺さぶられる感動を覚えるのでしょう。そしてそれは、観客の一人として演じ手と同じ空間を共有できるライブであったからこそ感じることができた貴重な経験でした。

 山形には、古き良きものを営々と伝える精神文化があります。国の重要無形民俗文化財である黒川能は、500年ものあいだ受け継がれてきた庄内地方固有の郷土芸能です。県指定民俗文化財の黒森歌舞伎もまた、300年近い歴史を有した農民歌舞伎です。こうした文化的風土並びに精神性を有している本県において、高校生が演劇を合同で鑑賞する「演劇教室」が40年の歴史とともに続いています。

本県は村山、置賜、最上、庄内の4つの地域に大きく区分されます。そのうち村山地方の高校生の合同演劇教室を所管するのが山形高校演劇教室連絡協議会です。会員校は特別支援学校も含めて28校を数えます。この会は、40年前に発足しました。演劇鑑賞を通じて高校生の文化芸術に対する創造意欲を高め、豊かな情操を育成し、健全な人間形成に役立てることを目的として設立され、@演劇教室、A演劇鑑賞についての資料作成、B演劇に関する研修会・講演会・座談会などの開催、Cその他目的達成に必要な事業を行っています。少子化の進行により生徒数が減少している現在においても、毎年15,000名を超える生徒・教職員が本物の演劇に触れる価値ある機会となっています。

 さて、今般のコロナ禍の影響により、多くの文化芸術活動が危機に瀕しています。演劇も例外ではありません。演劇は、演じ手と観る者の「相互行為」であると言われています。ライブであることが重要であり、DVD鑑賞とはまったく違う次元のものです。劇場で鑑賞しなければ成立しない文化芸術であるため、演劇は今回のコロナウイルス感染症対策における一連の自粛活動の中で最も影響を受けたものの一つではないでしょうか。残念ながら、今年度の当地区における演劇教室も中止の判断をせざるを得ませんでした。

 思想家の内田樹氏は、「演劇を観ることは、人間的成熟には極めて大切なものである。」と言っています。感受性が強い高校時代に本物の芸術に触れる機会は、青年期を迎える高校生にとって必要不可欠なものであると考えます。また、文化芸術は、豊かな人間性を涵養し、創造力と感性を育むなど、人間が人間らしく生きるための糧となるものであり、何物にも代え難い国民全体の社会的財産です。未来のために文化芸術の火を消してはなりません。来年度こそは、今年オープンした本県の新たな文化芸術の殿堂となる県民ホールで、生徒と共に魂が揺さぶられる感動を味わいたいと強く願う次第です。

(2020年7月)



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