第二十九回

演劇を通して磨かれる汎用的な力


大分県立芸術緑丘高等学校 教頭 中村弘人


 大分県立芸術緑丘高等学校(校長 渡辺智久)は音楽科・美術科を有する大分県(西日本)唯一の公立芸術専門高校で、今年で創立73年目を迎える。「豊かな人間性と高い専門性を育み、校訓である『自律・恕思(じょし)・創造』を体現させることで、芸術文化の振興に貢献し、社会を豊かにできる人を育てる」という教育目標を掲げ、日々生徒の育成に邁進している。

 「芸術で飯は食っていけない」という言説は広く人口に膾炙(かいしゃ)するところである。しかし、実際に芸術専門高校に勤務し、そこで活動する生徒を見ていると、自らの興味関心に従い、一途にそれぞれの専門の道に突き進んでいく、生き生きとした姿がそこにはある。偏差値という一面的なスケールから解放され、様々に思考し、判断し、表現しながら自らの演奏・作品を創造する芸術活動の特性が、学校を活気づけ、生徒を大きく育てていることに気づかされる。「芸術で培った力で十分に飯は食っていける」というのが、私たち教職員の見解である。

 しかし現実社会を見ると、実学志向、理系偏重という流れの中で、芸術教育の意義や価値をどうアピールし、その有意性を広く認識してもらうかは、避けては通れない喫緊の課題となっている。実際、少子化の影響もあり、芸術高校に入学してくる生徒数が大きく減少しているという全国的な傾向がある。

 そうした状況を打破すべく、本校では、音楽科と美術科がそれぞれの学びを交流させながら一つの学習課題に取り組む教科横断型のカリキュラム開発と、専門分野に限定されない多様な学びの場の創出を目指して、今年度より学校設定科目「総合表現」を開設した。これは、両科の生徒が協働して合唱とデッサンの授業に取り組むというもので、生徒が互いにコーチングしながら、授業は進められる。これにより、生徒相互の学び合いを中心とする主体的な学習活動や、各科での学びを融合させた新たな創作活動が実現し、新しい価値を創造する力や様々な人と協働して課題解決にあたるコミュニケーション力が育成されると考えている。そして、「総合表現」の中心となるのが「音楽・美術科生徒の協働による創作演劇」である。

 演劇を学習に取り入れた理由は、チームによる協働的な学びのなかで、「自分の主張を論理的、具体的に説明する」「他者の意見に耳を傾ける」「地道な作業をいとわず献身的に動く」といった活動が生み出され、生徒の感受性や表現力、コミュニケーション力等が鍛えられ、ひいては自己肯定感を高めていくことができると確信しているからである。演劇は、今、教育現場に最も必要で、有効な活動であるといえる。

 今年の9月からプロの劇団演出家を招聘し、いよいよ本格的に授業が始まる予定となっている。そうしたなか、青年劇場さんから令和3年度演劇鑑賞教室のご案内をいただいた。今秋、九州全域で『あの夏の絵』を上演するというものだ。パンフレットを見ると登場人物も6名で、まさに演劇演習チーム編成に類似している。内容も「美術部生徒が被爆者の体験を絵にする」という内容を舞台化したものであり、本校の美術科生徒も大いに興味関心を抱くものではないかと感じた。

 すぐに担当の方と詳しいお話をさせていただいたところ、公演場所も体育館で実施可能という説明を受け、一気に夢が広がった。普段の閑散とした体育館に、暗幕が張り巡らされ、照明や音響・大道具がセットされた別世界となる。音楽の始まりと共に俳優さんが凛とした声を放ち、一同ワクワク、ドキドキの舞台に誘われる。おそらく生徒たちは演劇公演を間近で鑑賞し、観客として空間を共有することで様々なことを感じとり、その感動はこれから行う自分たちの演劇演習に確実に活かされていくだろう。

 コロナ禍の影響やスケジュールの都合上、今年度は残念ながら観劇の実現には至らなかったが、これからも貴団の活動を心から応援していくと共に、是非公演鑑賞の機会を模索していきたいと思う。



(2021年8月)



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