第三十回

次世代に伝えるものとは
――「あの夏の絵」公演を通して


熊本県立玉名工業高校 教諭 田中誠


 新型ウィルスが日本に入りコロナ禍によって日本経済が厳しくなり3年目に入ります。 経済だけでなく教育界でも子供たちの学びの場が失われ、 中でも体験学習が中々うまくできなかった2年間でもありましたが、 昨年の10月コロナ禍も治まりかけたとき芸術鑑賞会を2年越しで開催できたことは本校にとって嬉しい限りでした。 青年劇場さんの「あの夏の絵」は、職員はもちろん生徒たちも感動と感謝の気持ちで一杯です。

 現代の子供たちにとって様々な情報を収集することは容易く、多くの情報網を持っています。 教師なりたての30数年前は、雑誌、新聞、ラジオ、テレビと隣人からの些細な情報だけでしたが、 今は手元に携帯電話さえあれば、その場であらゆる情報をインターネットで入手できる便利な時代になりました。 経済発展のためにも非常に喜ばしいことではありますが、本当にその情報だけでよいのでしょうか。 自分の好きなことを調べることは率先して行うが、興味関心のないことは知らなくてもよいなど、 偏った情報収集であるように感じます。

 私も知らない戦争の苦しみや痛み、経験した人でなければ伝えられない出来事、 恐怖と人々の表情はまさしく体験者の思いではないかと思います。 どんなに便利な機器が発達したとしても生の声や表情を受け止めるだけの感性は人それぞれであり、 その表現が出来るのが演劇であると思います。 この舞台を観て生徒たちは、原爆の悲惨さ、辛さを人々に伝えようとするメグミたちの 「被爆の様子を絵に残す」取組に共感を持ったり、 都会から転校してきたナナが悲惨な様子は絵に描けないと思い詰め不登校となってしまう気持ちに賛同したり、 その反面「ナナは、気持ちが小さいなと思った」「広島原爆記念館に行って怖かったけど、 住んでいる人の気持ちを感じることができて本当に良かった」など、様々なとらえ方をしています。 どちらにせよ生徒の感性を育てていることにつながるように思います。 そして、舞台上にあるであろう絵を「こんな絵ではないか」と想像力を高めてくれました。 原爆が残した悲劇、そして戦争の恐ろしさ、これらを絵に残して次世代につなげる思いは今後も 必要不可欠ではないでしょうか。

玉名工業高等学校公演カーテンコール


物事を伝え残すためには、情報を収集するだけでなく、人としての「思い」を高めなければならいことであり、子供たちの心を育てることが一番重要なことです。 これは学校教育だけが出来ることではなく、地域社会の中での教育、保護者の教育の意識、 そして学校教育の在り方が、連携し合いながら「心を育てる」ことにつながることではないかと考えます。 その一つとして演劇を観て、人の心を読みとることは大変な経験です。 これからも「何をどうやって伝えるか」また「わかってもらえるか」は永遠の課題だと思いますが、 究極の演劇で我々を感動させてください。今後も期待しています。 因みに私は、教師として「人としてのこころ」を伝えようと30年間頑張りました。 これからもこの思いは変わらず子供たちに伝えていこうと考えています。



(2022年3月)



「演劇鑑賞教室について考える」のトップページへ
青年劇場のトップページへ