第三十二回

あっぱれ青年劇場  〜『あの夏の絵』の鑑賞を通じて〜


長崎総合科学大学附属高等学校教諭  渡瀬 尚





長崎東公園コミュニティ体育館仕込の様子
 長崎に生まれ長崎で育った生徒にとっては、8月9日11時02分は言葉が不適切に聞こえるかもしれないが、「体に染みついている」くらい、小学校・中学校の平和学習で繰り返し、繰り返し学んでいく。本校でも、以前は8月9日を登校日とし、被爆者の証言や、大学からの平和研究会からのアンケート、関連の映画鑑賞や紙芝居など工夫を凝らして、平和学習を行ってきた。年々、部活動をするため県外からの生徒が増えていく中で、部活動の遠征の関係で、8月9日に集まれない生徒が多くなり、全員が揃う7月中(主に1学期終業式)に平和学習をすることになっている。県外の生徒にとって、8月9日は特別な日ではない。広島原爆投下の日時も長崎原爆投下の日時もさらには、終戦記念日すら知らない高校生が多数いることが分かった。長崎や広島での当たり前が、当たり前ではない現実。

 平和学習の担当になって2年目、せっかく縁あって長崎にきたのだから、平和学習を「自分ごと」として、感じてもらえないか模索していた。昨年は、東京で活動している被爆3世の教え子とリモートで平和学習、元々は長崎市で小学校の先生をしていたため見事に生徒たちが「自分ごと」として考えることができる素晴らしい1日となった。さあ、今年は何をやろうかと考えていたところ、青年劇場の武智さんが『あの夏の絵』を持って、営業に来た。熱心な武智さんには大変申し訳なかったのだが、「検討します」と言いつつ、見もせずに机の中にしまっていた。再度連絡があり、「検討した結果、無理です。」検討していないくせに…「理由は?」の問いに「お金が…」 すると、武智さんから「※文化庁に申請し通れば、タダで鑑賞できますので、話を聞いてもらえますか?」 「タダで?」「はい」「喜んで」
 そこから、『あの夏の絵』について目を通した。今思うとぞっとしている。あんな素晴らしい体験を生徒に提供できるチャンスを捨ててしまおうとしたことを…武智さんの情熱に感謝。
 申請も無事通り、準備していく中でたくさんの困難を、武智さんをはじめとする青年劇場さんと一緒に乗り越えてきた。観劇当日の打ち合わせ、舞台セットを見た瞬間に感動した。手作り感が半端なくて、演劇を観なくても、生徒たちが「自分ごと」として考えることができる素晴らしいチームだと思った。本来であれば、内容についてもっともっと伝えなければならないと思うが、それは他の人たちに任せるとして、演劇が終わってからの片付けは演者が自ら行っている姿を見ることができたし、ベテランのお二方と生徒を交えた交流会では、まるで戦争を体験したかのような演技についてのエピソードなど、貴重な経験を生徒たちと共有できた。


 映画館での映像、大きな劇場での舞台どれもが作り手の完成品しか見ることができない。それはそれで素晴らしいと思うが、今回、あえて環境が整っていない体育館を選び、作り上げていく過程と伝えたい思いが非常に肌に染み、心に突き刺さった。アンケートの中で、たくさんの生徒が「自分ごと」としてとらえ、今度はお金を払ってでも会場に足を運んで、観に行きたいとの感想が多く寄せられた。
 世界で戦争が続き、たくさんの大切な命が失われている。日本においても、戦争こそないものの、争いごとが絶えず大切な命が失われている。過去の教訓も含めて、なかなか「自分ごと」と思えない世の中において、青年劇場『あの夏の絵』は私たちにヒントを与えてくれた。
 それは、「ありのまま」の姿を伝えていくことだと。 ※文化庁令和3年度補正予算事業、子供のための文化芸術鑑賞・体験再興事業 (2023年3月)



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