第三十二回

虚構から現実を省みる  〜「きみはいくさに征ったけれど」を再び〜


秩父農工科学高等学校教諭 小池 豊





演劇部の生徒さんとの座談会 右端は宮斗役の林田悠佑
 「試しに宮斗の頭に一発撃ちこんだろか」銃を構えた浩三の言葉が、3年前とは違う鋭さで胸に刺さります。芸術鑑賞会に『きみはいくさへ征ったけれど』をもう一度と考えたのは、現在の世界情勢を鑑みてのこと。二〇二二年度の芸術鑑賞会は、「虚構だが現実世界の延長上にある」という演劇の価値と威力を再認識する機会になりました。
 本校の芸術鑑賞会は、音楽・伝統芸能・演劇のローテーションで毎年開催。一昨年の原田勇雅さん(バリトン歌手)も昨年のIZL(和太鼓)も、数々の制約を引き受け公演を敢行してくれました。「舞台芸術の灯火を消してはいけない」というその思いは、生徒にも伝わっていました。そして今年は、3年ぶりに秩父宮記念市民会館での開催。校外に出て、専用ホールに着席しただけで、生徒の無意識は変わります。やはり芸術鑑賞会は外部会場で行いたいものです。


 開演すると、同世代である宮斗の葛藤に、生徒はすぐに共鳴し始めました。相手が見えてきそうな虐めのシーン。大半が加害・被害・傍観のどれかは体験している世代だけに、客席の空気がリアルに淀みます。そこにお祖母さんの登場。人生を生き抜いてきたからこそ、孫との触れ合いを有り難く噛みしめる。それが宮斗の心を開かせる。祖母役は秩父出身の島野仲代さん。名演が心に沁みて、自分の両親や祖父母を思い出したという声を沢山聞きました。終盤、宮斗の葛藤の深まりとともに、浩三の悲運も近づきます。「笑うとこやん!」と明るい浩三だけに、戦場を這いつくばりながら詩を書き続ける姿に涙が溢れます。あんなにも「生」を輝かせた人を「死」に追いやる戦争の不条理。「攻められたらどうする」ではなく「戦争にしないためには」を考えなければと、思いは現実世界に向かいました。


 終了後のアンケートでは満足度98%と高評価。図書館では竹内浩三関連書籍の貸し出しも増えました。宮斗と同様、秩父農工の生徒もまた、芝居を通して竹内浩三と出会ったのです。「コミュ障」などと呼ばれる昨今の若者たちに、それでも芝居が入るのは、虚構であることで油断するからだと見ています。しかし、先述した通り演劇は現実と地続き。虚構を鑑賞したつもりでも、例えばロシアの隣国侵攻などなんとなく見聞きしている現実に、つい思いが及んでしまう‥‥。芸術鑑賞教室の存在意義の一つは、ここにあるのではないでしょうか。
 芸術鑑賞教室をはじめ、生徒の全人的成長の糧となる機会を、これからも全力で守り、増やしていこうと思います。 (2023年3月)



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