8月1日顔合わせ 原田一樹さん(前列中央左)、篠原久美子さん(同右)を囲んで
北 僕と篠原さんとの出会いは「ケプラーあこがれの星海航路」という作品でした。篠原さんは、ヨハネス・ケプラーは自分にとって「恋人」のようなものだとおっしゃっていましたが、芥川龍之介はどういう存在ですか?
篠原 正直言うと大っ嫌いです(笑)。彼はすごく皮肉屋ですよね。例えば彼の書いた「手布(ハンケチ)」という小説に出てくる長谷川という大学教授は芥川の一高時代の校長・新渡戸稲造がモデルなんですが、それが分かって読むと、すごく意地悪な作品なんですよ。でも、実際に芥川と接した人たちの証言では、実にいい人みたいなんですよね。
北 そうなんですよね。
篠原 如才なくて、明るくて、話題豊富で、礼儀正しくて、困っている人を助け、お礼の手紙とかとても几帳面にきちっと出して……とにかくいい人らしいんですよ。そのギャップがすごく面白い。
北 脚本にもその二面性がよく出ていて、ご覧になるお客さんは、いわゆる一般的な「芥川龍之介」像とのギャップに驚くだろうし、そこに魅かれる人もいるでしょうね。もしかして、今まで以上に嫌いになっちゃう人も……いていいと思ってますが(笑)。僕が感じたのは、舞台は大正時代のはずなのに、行間やセリフから、現代とダブって見える要素、セリフが随所にありますね。
篠原 そうですね。そこをやりたいと思って「芥川」を選んだくらいなんです。芥川を現代とからめて書いてみたら面白いと思ったのは、確か三年くらい前に、サッカーのアジア杯決勝で、中国人サポーターによる日本チームへの猛烈なブーンイング事件が……。
北 ああ、ありましたね。
篠原 あの出来事の背景には、二つの国の歴史認識が非常にずれたまま、現代を迎えているということがあると思うんですが、実は芥川は当時、大阪毎日新聞社の特派員として中国に行き、その頃の日本の植民地統治の内情を見てきている。日本に帰って来てからの彼の小説は変わったと、私は思っているんです。帰国して書いた「将軍」や「桃太郎」とかご存知ない方が多いと思うので、取り上げてみようと思いました。
北 脚本には「デモクラシー」という大正を象徴するような言葉が非常に輝かしく出て来ますけど、それに接近しつつある戦争の「影」みたいなものも見えますね。
篠原 そうですね。大震災が起こったあと噴出した朝鮮人に対するひどい迫害とか、「デモクラシー」や「個人主義」を通したあとで、そういう封建社会のゆり戻しのようなものが現れてくる。加えて、キナ臭くなっていく世界情勢や不況があって……。人々がそれこそ「将来に対する漠然とした不安」を感じている、というのが非常に現代に近いなと思いました。この作品の中で取り上げている「美しい村」という小作争議のことを描こうとした未完の小説があるんですが、その争議の内容はまさに今のねじれ国会がやってるような……。
北 そのまま、ですよね(笑)
篠原 小作争議の原因は住民一律の不公平税制なんですが、まさに消費税ですね、これは(笑)。それで格差が広がって税金が払えなくなって地方が財政破綻して、おまけに公金横領が発覚して……、これって大正時代の話?って。こんなに現代にはまってしまってどうだろう?って思うほどでした。
北 なるほど。いまこの作品に出演できるやりがいを感じますが……かなりプレッシャーもありますね。作品には11人の芥川作品の登場人物たちが出てきますけど、その中で特に思い入れのあるキャラクターっていますか?
篠原 「地獄変」に出てくる小女房。彼女は私にとって計画的に権力者に抗った謀反人。今回、芥川とその作品の登場人物たちを謀反というキーワードで結んでいます。作家というのは人間であり神である存在であり、それに従順であるが故に人生を翻弄される登場人物たち。実はその関係を、天皇と民衆の関係に投影できないかと考えたのです。まぁいずれにしても小女房は相当気の強い女だと思います。
北 この芝居の中にあえて篠原久美子を探すとすれば“小女房”ですか?
篠原 私、そんなに強くないです……むしろ親に言われてすいません、って謝っちゃう芥川のほうが私っぽい(笑)。
北 その辺りは、ケプラーの性格を思い出します。あの弱い、卑屈な感じがね。でも、だから篠原さんの作品って温かいんでしょうね。さっきチラっと出ましたけど、作中、芥川が結局書き上げられなかった「美しい村」と「民」という二つの作品を取り上げてますね。なぜですか?
篠原 この二作品には、芥川の中にある「反逆者の魂」みたいなものを感じたからなんですね。私はもちろん恣意的に芥川の作品を選んでますし、興味のある部分をつなげているんですけども、選ぶ基準として、封建主義の復活に対する反発、みたいなものがあるんです。私が今の時代と当時との共通点で一番恐いなと思うのは、今の若者の閉塞感が「戦争でも起こらないかな」というところに結びついているようなところなんですよね。そういうことを感じている私が選んだのが、この未完の二作品なんです。もし完成してたら、新しいタイプのプロレタリア文学の兆しが見えたんじゃないかな……。その二つが書き上がらなかった時代と、書き上げられなかった芥川という人物に、私はやっぱり注目したかったんです。
北 知られざる芥川像、という感じでしょうか。劇団にとって初めての出会いとなる原田一樹さんの演出にも期待が高まりますね。
篠原 そうですね。私は脚本を書いていると発想がどんどん飛躍していってしまうんです。だからちょっと飛びすぎたな、まとめようかなと思ってると、原田さんはそれをもっと飛ばそうとしてくれる……「いいじゃん!」って(笑)。ある意味では、いい破綻が起こっているところがあるんです。どんなふうに演出してくださるのか、とても楽しみです。
北 いま脚本を書き終えて……「お産に似てる」ってよく言われますけど、産んでみてどうでした?
篠原 お産って感じる作品もあるんですよ、「私に似た子を産んじゃったな」とか。でもこの作品はちょっと違って、ずーっと肩の上に、芥川の生霊みたいのが憑いてる感じで……どっちかって言うと「除霊」みたいな(笑)。
北 やっとこの男と手が切れた!って感じでしょうか(笑)。そしてズバリみどころは?
篠原 そりゃあ、北さんがいかにこの超カッコイイ芥川龍之介を演じるか!でしょう。
北 まあ青年劇場でやれるのは僕しかいませんね(笑)。期待してください!今日はありがとうございました。
篠原久美子さんから皆さんへ、
芥川カルトQ!
(答)1―B 2―D 3―E 4―C 5―A