つながりのレシピ




製作ニュース


「あさやけベーカリー」店主 山田和夫さんのお話

 私の妻は、自宅でパン屋をやっており、 売れ残りのパンをホームレス支援の団体に寄付しておりました。
妻は、亡くなる3週間前、 私にその活動を引き継いでほしいと頼みました。
しかし、オーブンの上火が200度の下火が何度の発酵時間が何分だの… 「パンを焼いたことがないのにそんなの無理だ」と断りました。
そうしたら、しばらくして 「あなたにもこのパンのレシピだったら焼けるから」ということで、一枚のレシピを遺していきました。
私はそれをもとに、一人でパンを焼くようになり、 「TENOHASI(てのはし)」という池袋のホームレス支援団体にそのパンを寄付をしてきました。
そのうち、 その「TENOHASI」の方々が協力を申し出てくださり、 パン焼きを手伝いに来てくれるようになりました。
その時に「池袋あさやけベーカリー」をつくりました。

今日も一緒に来ていますが、彼らは元路上生活者です。
5年、10年、15年路上で生活していた人です。
現在は、生活保護を受けてアパートで暮らすことができていますが、精神障害者手帳を持っています。
彼らが毎週水曜日に私の自宅に来て、 みんなでパンを焼き、それからおにぎりを握って、 その晩の9時半から西口・東口・エキナカにわかれて、 現役の池袋の路上生活者約100名に彼らが手渡ししています。
池袋あさやけベーカリーでは、そういう活動をしています。

この活動を、あるいは彼らの生活を、 福山さんがずっと観察し、時には一緒に参加して、 今回「つながりのレシピ」という舞台になりました。

また、出演者の方やスタッフの方が何度も私どものパン作りに参加され、 彼ら(元路上生活者)の生活の苦しみや人情をずっとご覧になっておられたので、 そのことが舞台にどう活かされるのか楽しみにしています。

※こちらは友の会「春のつどい」にてお話いただいたものです。(3月2日)

山田和夫 やまだかずお
池袋あさやけベーカリー店主/要町あさやけ子ども食堂店主
「妻が遺した一枚のレシピ」(青志社)著者

「あさやけベーカリー」店主
山田和夫さんのお話
   成功させる会に寄せられた
メッセージ


劇団員のイメージハンティング!    稽古場より


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