4月 第114回公演
「雲ヲ掴ム」
作・演出=中津留章仁
4月21日〜30日 紀伊國屋サザンシアター
ありがとうございました
4月公演『雲ヲ掴ム』はおかげさまで無事終了の運びとなりました。小さな町工場で武器部品を製作する家族の葛藤を描いたこの舞台は、経済効果を謳い、メイドインジャパンの武器輸出に乗り出した日本の現実を鋭く照射する作品として反響を呼びました。劇団にも多様なご感想、ご意見が多く寄せられ、改めてこの作品の持つテーマの深さを認識させられました。フォトジャーナリストとして国内外で広く活躍されている安田菜津紀さんよりご寄稿いただきましたのでご紹介致します。
【“もやもや”を抱き続けて】
安田奈津紀(フォトジャーナリスト)
手前左より 藤木久美子 沼田朋樹 葛西和雄 吉村直
舞台は小さな町工場。けれどもそこは巡り巡って、戦火の真っ只中につながっている。ぶつかり合う葛藤、思惑、感情。彼らはどんな答えにたどり着くのか、終始それに息をのんで見守っていた。けれども明確な結論は、この劇中には描かれていない。だからこそ席を立つときに、私の両手に託された宿題があることに気が付く。それがとても、清々しかった。
大きなニュースがメディアを埋め尽くすとき、活発な議論がなされているようで実は、白か黒かを問う二極化が進んでいることがある。こうしてモノクロの言葉に塗りつぶされた裏に、どれほどの多様な色彩を見過ごしているのだろう。それは長男・悟さんがいじめに耐えた日々であり、次男・忍くんが向き合う矛盾かもしれない。今すぐ潰れそうな工場の悲鳴かもしれない。
答えのないものと向き合う宙づりな状態、その“もやもや”は、決して心地のいいものではないだろう。だから人は無意識に、そこから逃げたくなるかもしれない。けれどもこうして“対話”の失われた場所に、戦火は忍び寄ってきたのではないだろうか。大切なのは“異質”なものを切り離すことではなく、結論のないものに対峙し続けることだった。
劇を見終わった後も、私が心の中に掲げる理想は揺るがなかった。無為な傷つけ合いに手をつけてはならない、と。ただそれを、どんな形で表現すれば、対話を生み出すきっかけとなれるのだろうか。今でも心の中で響き続けているのが、母・梢さんの「人肌くらいの温度の言葉」という表現だった。自らを振り返る。自分が今感じていることを、“正義”だと勘違いしてはいないだろうか。投げかけるのではなく、投げつけるような言葉で、それを表してはいないだろうか。ときに優しく、ときには毅然とし、ときにユーモアをもって緊張の糸を和らげてくれる。ああ、私は、あんなお母さんのような表現がしたい。雲ヲ掴ムためのヒントが、そこにある気がするのだ。
感想アンケートより
手前左より 杉本光弘 島本真治 秋山亜紀子 広戸聡
(舞台写真:宮内勝)
◎胸に刺さった舞台でした。どこかの大企業が武器を作っているのを当然のように批判し嫌悪してきたけれど、我々の隣人のような(いや、我が家のような)一家族が下請け、孫請けとして営んでいる仕事として、武器の部品作りをしている事実を見せられてしまった時の、鉛を飲んだような重さ……。そして、長年に亘って磨き上げた職人の技が、別の形で評価され、対価を与えられる世の中であってほしい、との思いも強くしました。「人」から最も遠くにあってほしい「武器」、それを「人」によってしか作れない大きなジレンマに、ラストでは私も赤ちゃんのように泣き出したい気持ちになると同時に『雲ヲ掴ム』のタイトルが胸にしみました。
(渡辺薫・50代)
◎今回の作品の結末には納得がいかなかった。ただ、それでもいいのだとも思う。なぜなら、自らの生活と倫理観を秤にかけて部品をつくる人たちも必ずしも自ら取った選択について納得していないように見えたからです。戦争法や武器輸出政策を放置すると、この家族のような悲劇が起こりうることは想像に難くない。そのことがひしひしと伝わってきました。
(大久保史生・20代)
◎綺麗ごとでない、スローガンだけでない、生身の人間の命、生活のかかった苦悩がよく描かれ伝わってきました。深い業をそのまま表現している、突き付けられる芝居でした。感動いたしました。
(大矢昇治・70代)
◎観終わっていい気持ちになれない芝居で、けっこう辛かった。怒鳴り合うシーンは苦手なのでそれもあったけれど、もう少し救いがほしかった。だけどそういう気分の悪さが今の日本の姿なんだろうな、とは思う。
(匿名)
◎兵器にかぎらず、原発に関わったり、タバコの製造だったり、遺伝子組換えの食品の開発だったり、ある種の活動家からすると不都合に思える仕事に就いている人はたくさんいる。理想を追いかけるのは良い。その実現に向かって進むことはすばらしい。しかし正論だけでは、この工場を営む人たちの矛盾する気持ちを捉えることは未来永劫できない。自分自身のあり方について、強く考えさせられました。
(仲前聡・30代)