井上昭子 略歴
井上昭子さん、貴女は本当に責任感の強い人でした。重い病を抱えながら昨年暮に持役をきちんと果たして入院、そして今年一月三〇日に亡くなられました。
一九六六年に、創立後わずか二年の、正に「揺籃期」の劇団に入団し、長い間、苦楽を共にした同志でした。
入団してすぐに「真夏の夜の夢」でヘレナの役についたのですが、その「役づくり」の苦闘を四十数年たった今でも鮮明に思い出します。井上さんは率直に言って器用な役者さんではありません。そしてヘレナは、井上さんのキャラクターからいって、「ほんわかとした温かさと、あどけなさの面の表出」は格別の努力を求められる人物像でもあったと思います。
役者さんには色々なタイプがあります。すぐに、すっと「役」の中に入っていける人。少しずつ、少しずつ時間をかけて入りこみ、ふくらませていく人、いろいろです。井上さんは後者です。私と井上さんとの「ヘレナづくり」は、私も若かったこともあって激闘でした。なかなかうまくいきません。お互いにねばりにねばって、やっと本番には何とか「物になった」ときのホッとした思いは今でも忘れられません。
考えてみれば、愛するディミートリヤスを一途に追い続けるヘレナの役は、その一途さの面では井上さんの適役だったのでしょう。お客さんはヘレナに同情し、温かい笑いで応えてくれました。役者にとっては最大の贈り物です。
一つの役づくりと同様に、井上さんの役者人生は、こつこつと積み重ねつづけ、ふくらまし続けた人生だったと思います。そして、これから又、一回り大きな花を咲かせようという時に亡くなられたことは残念でたまりません。でも、井上さんが生涯を捧げた「人間が人間らしく生きていける世の中を創るため、芝居を通して頑張りつづける」という、秋田、土方両先生から受けついだ「芝居づくりの道」は残された者たちが、しっかりと受けついでいきます。どうか安らかにおやすみ下さい。愛してやまなかった亭主、中野千春君と、又、一緒に暮らせると思うと、私たちの悲しみも少しは癒されます。
合掌。