第96回公演
「呉将軍の足の爪」終了


 第96回公演「呉将軍の足の爪」(朴祚烈(パクジョヨル)=作 石川樹里=訳 瓜生正美=演出)は4月11日〜20日、紀伊國屋ホールに約4300人のお客様を迎え、無事幕をおろすことができました。足をお運びくださった皆様、本当にありがとうございました。
 この作品は劇団創立メンバーの一人、瓜生正美が演出を熱望した作品でした。瓜生と作者の朴祚烈氏、また多くの日韓演劇人の、文化交流と相互理解に注いできた情熱が実ってこその公演であったと思います。朴氏と林英雄(イムヨンウン)氏(2001年「カムサハムニダ」演出)をお迎えしての初日祝いでは、たくさんの方にご出席いただき、演劇評論家の大笹吉雄氏に乾杯の音頭をとっていただきました。一つの公演を行うということに加え、国境を越えて演劇を愛する人たちの集いの場をつくれたということ、劇団としても大きな成果であったと思います。足をお運びくださった皆様、本当にありがとうございました。
 

《感想》

●呉将軍をぐずだのろまだと侮蔑する人々ではなく、戦争と武器を恐れる呉将軍こそ人間らしかった。…息子の身を案じ、自分の寿命をくれてやってもいいから生き延びてほしいと願う母親の心情に、そうだそうだと深く共感した。牛や木の表現が面白く、呉将軍のような異性愛が心地よく、はじめての主役・吉村直氏の呉将軍は存在感があり、見ごたえのある舞台であった。
(実沢誠一郎 40代)

●なにか不思議な劇を見てしまったという気持ちです。メルヘンと現実が入り混じった悲劇のような喜劇のような…。素朴に自然と溶け込んであまり現世と近づかず、優しいあたたかな世界で生きることができたらいいなと思ったり、そういう生き方をしたために、悲劇にあってしまったのだろうかと思ったり…複雑な気分です。
(山路和子)


舞台写真:宮内勝

●3人+1頭の、貧しい農民の日々骨折り仕事にも関わらず幸せな生活がとっても温かく心に伝わってきました。その家族の関係も希望も無惨に断ち切る戦争。戦争の残虐性をむき出しにでなく抑えて表現することで、却ってその闇が強烈に迫ってくる。しかもそのことによって、この物語の光―呉将軍のなんとしても生きたい、愛したいという願い―がいっそう輝いて、観た者の心に留まる…そういう劇であったと思います。パンフレットには、作者・朴祚烈さんが、戦友たちに助けられて生き残った体験をもとに戦場で散った戦友たち(貧しい農民出身)への「贖罪と慰霊」の行為としてこの戯曲を書いた、とありました。この感情が、特に主人公にそそぐ眼差しの暖かさの秘密なのだとようやく判ったように思います。
(東海林勤 70代)

《劇評》

戦争の愚かさと軍隊の持つ矛盾。イラク戦争に駆りだされて家族を失っている米国市民がこれを見たら一層切ない思いに駆られるに違いない。(中略)終始笑いが絶えず、一貫してクラリネットとハミングでほんわかとした大人の童話劇のような雰囲気をつくった演出が効いている。将軍は階級の呼称ではなく、元気でたくましく育ってほしいと母親から授かった幼名。木々の葉が静かにそよぎ、農耕牛が人間と仲良く働くのどかな田園の空に日ごと軍用機の爆音が増えていく(木も牛も俳優が演じている)。農民の一人息子に突然令状が舞い込む。正直が取りえ乱暴なことが嫌いな息子は軍隊や戦争が怖くて仕方がない。ところが入隊後に同姓同名の人違いであることが分かるが、軍隊は謝罪するどころか敵軍の捕虜となるように仕向ける。(中略)戦争と権力を批判するブラックユーモア。そこから「国家と個人」の問題が浮き彫りになる。人間は社会の中でいつも愚かな不条理の海を泳がされている。
2008・4・14付
「スポーツニッポン」木村隆