失われざる「新劇」精神!    演劇評論家・村井 健


「三年寝太郎」


「太陽と月」


「島」

 昨年、どう見ても新劇系はぱっとしなかった。どこの劇団も逃げ姿勢。当たり障りのない作品でお茶を濁していたという印象が強かった。その中で、大いに気を吐いていたのが青年劇場だ。

 なかでも、面白かったのが、東京公演ののどかな笑いとユーモアで楽しませてくれた「三年寝太郎」と日中の不幸な歴史を問うた「太陽と月」、現代にも通ずる被爆の恐ろしさを伝えてくれた「島」だった。もちろん、地方公演の「族譜」や「シャッター通り商店街」「修学旅行」も見逃せない舞台だが、考えて見ると青年劇場の近年のレパートリーは、過去の歴史への眼差しと現代への眼差しの重層的交差によって支えられていることが分かる。

 それは今年も変わらない。3月の高橋正圀作、松波喬介演出「青ひげ先生の聴診器」の医療問題へのアプローチ、9月には民主党政権迷走のきっかけとなった沖縄の基地問題を正面から取り上げる坂手洋二作「普天間」(仮題)が上演される。

 「青ひげ」は、医療崩壊の実態に迫る作品。地方都市の病院を舞台に、医療の現場と患者の双方向から医療の原点を問い直すスリリングでヒューマンな舞台だ。小竹伊津子と葛西和雄を軸に、ベテランと若手が四つに組む配役も魅力の一つ。

 「普天間」は、まだ作品ができあがっていないが、すでに多くの沖縄ものを書いている坂手の書き下ろしだけに期待が膨らむ。「沖縄ミルクプラントの最后」「ピカドン・キジムナー」などで見せた、現地取材を踏まえ、戦後日本の矛盾を鋭く照らし出す坂手ならではの問題劇になることは間違いない。

 個と社会、日本と世界。つまりは、いまわれわれが生きている「現実」の諸問題をどう捉えるのか。その根底にあるものは何か。さらには、生きるとは?

 一見、地味ながら、そうした本質的な問いを投げかける新たなレパートリーの再構築を青年劇場は行いつつある。それも、現実にビビッドにかかわるものを。

 もう1つ、注目したいのは、海外との積極的な交流だ。昨年のオムスク国立第5劇場の「33回の失神」招聘や、中国・韓国との国際交流は、ともすれば自閉しがちな新劇団の中にあって異例中の異例といっていいことだ。

 常に新しさと刺激を求める進取の姿勢。そこに私は、失われざる「新劇」精神を見る。そして、私が2011年の青年劇場の活躍に期待する所以もまたそこにある。

舞台写真:宮内勝


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