2018年ラインナップへの期待

時代に抗する演劇
山田勝仁(演劇ジャーナリスト)

 「演劇は時代を映す鏡である」とシェイクスピアは「ハムレット」で語っている。演劇とは「Hold a mirror up to nature」(自然に対して掲げられた鏡である)と。
 演劇が単なるエンターテインメントではなく、真実を写し出す鏡である以上、社会の矛盾から目をそむけず、時代と社会と人間をきっちりと描くのは当然のことだ。
 昨今の日本の社会・政治状況を見ると、その鏡に曇りが出始める悪い予感がしてならない。
 一昨年、大手メディアに劣勢を予想されながら当選したトランプ大統領の原動力となったのが「ポスト・トゥルース」だ。「脱・真実」と訳されるが、大手メディアが発信する、裏付けされた事実よりも、事実誤認や曖昧な情報を基にしたフェイク(偽)ニュースの方が多くの人の感情を揺るがし、結果的にトランプ大統領を誕生させたわけで、「脱・真実」はアメリカに限らず、世界中に蔓延し、日本での政権に忖度した”疑獄事件”は「脱・真実」に後押しされたものといえる。
 それがウソでもいいから、自分の心地良さを感じさせてくれる情報、自分に都合のいい情報がもてはやされるという今の時代の危うさ。「真実」を希求するのがメディアの責任であり目的であるのに、国民感情を忖度して、情報を制御するのは、もはや戦前と変わりはない。
 3.11震災から6年。原発事故の収束などできもしないのに、「福島はアンダーコントロール」と世界にウソを発信したことで獲得した東京五輪に狂奔する政府と国民。地上4000kmの宇宙空間を通過するミサイルを脅威と煽り、地面に伏せる防災訓練を受け入れる人々。戦時中の竹槍、バケツリレーと大差ない無意味な訓練に疑問を持たないほどに、「脱・真実」は進んでいる。
「時代を写す鏡」が曇らざるを得ない時代は戦争の時代だ。
 言わずもがな、青年劇場は新劇の嚆矢である築地小劇場の系譜に連なる劇団であり、戦前からの新劇の苦難の歴史を知る劇団でもある。
 特定秘密保護法、共謀罪など戦前の治安維持法もかくやの悪法が次々と成立し、戦後民主主義の最後の拠り所である平和憲法さえ風前の灯となった今、新劇団が危機感を募らせるのは当然だろう。
 演劇界が覚悟を迫られる時代になるかもしれない瀬戸際。
 しかし、時代の座標軸がどんなに振れ切っても、ブレないであろうと期待される青年劇場の存在は大きい。
 昨年(2017年)のレパートリーを見ても時代に抗する気概が見て取れる。
 狂信的国家主義者の末期を通して国民の戦争責任を問う「原理日本」、「築地小劇場」の始祖・土方与志と妻・梅子の生き方から日本を照射する「梅子とよっちゃん」、第二次大戦後のパリを舞台に差別と戦争を告発する「アトリエ」、戦時下最大の言論弾圧事件「横浜事件」をドキュメントした「『事件』という名の事件」、原爆の証言を絵にする高校生たちの姿を通して平和を考える「あの夏の絵」…。いずれも「戦争」を見据えた作品を中心に上演してきた。
 全国公演でも被爆した青年教師の恋と差別と生への渇仰を描く「島」、近未来のある島の独立騒動を憲法問題に絡めた「みすてられた島」、17歳の少女がさまざまな人々と出会い、人生を見つめる「オールライト」、80分しか記憶がもたない天才数学博士とシングルマザー、その息子の交流を描いた感動作「博士の愛した数式」(昨年末で終了)…と、その真実を映す鏡は変わらない。
 今年のレパートリーもまったくブレない。

 「きみはいくさに征ったけれど」(大西弘記・作、関根信一・演出)は「骨のうたう」「ぼくもいくさに征くのだけれど」など、瑞々しい感性と鋭い視点でユーモラスな詩を数多く残し、23歳の若さで戦死した竹内浩三をモチーフに、彼がもし現代の高校生と出会ったら…という物語。劇団「TOKYOハンバーグ」の主宰者で竹内と同郷の伊勢市出身の大西は同世代の若者の心情に寄り添うリリカルな作品で定評がある。

 「こんな国に誰がした?」は近作「雲ヲ掴ム」で武器の部品を作る町工場を舞台に工場の人たちの葛藤を描いた社会派・中津留章仁が、近未来の地方都市の土建会社の一族を主人公に、国と地方の経済問題に切り込む。

 「キネマの神様」(原田マハ・原作、高橋正圀・脚本、藤井ごう・演出)は無類の映画好きでギャンブル狂の父親とキャリアウーマンから転落、無職になった娘の一発逆転物語。

 「宣伝」(高田保・作、大谷賢治郎・演出)は1929年初演の秀作を現代の視点でよみがえらせる。陸軍省主催のラジオドラマの勇ましい中継の好評に気を良くした陸軍大佐が舞台化を持ちかける興行主に許可を出すが、ドラマのモデルとなった兵隊は戦場で傷を負った廃兵で…。軍隊と戦争の実相に迫る作品。

 時代と斬り結ぶ2018年の青年劇場の刺激的なラインナップに期待したい。



<東京公演>

3月 第118回公演
「きみはいくさに征ったけれど」

大西弘記=作 関根信一=演出
3月13日(火)〜18日(日)
紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

「きみはいくさに征ったけれど」作品ページはこちらへ

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5月 第119回公演
「こんな国に誰がした?」(仮題)

中津留章仁=作・演出
5月18日(金)〜27日(日)
紀伊國屋ホール

 中津留章仁です。「みすてられた島」「雲ヲ掴ム」に続く3作目の書き下ろし作品について、少し触れたいと思います。私が今回書き下ろす新作は、近未来の世界から現代を振り返ってみようというものです。私たちは、現在=今を生きています。今起きていることを、今の時点で総括するのは難しい作業です。それを近未来にすることで、より俯瞰した大きな視点を手に入れることが出来る訳です。過去を振り返る形で、あの時代のおかげで今があると感謝の気持ちで振り返るのか、あるいはあの時代の決定がこのようなおかしな世界を生んでしまったという後悔の念で振り返るのか、それともあの時代は愚かだったと未来の人々は笑い話として語るのか……。いずれにせよ、これは今を生きる私たちのための物語であり、広い意味で、人間とは一体何のために生きているのか、今後はどのように生きてゆくべきなのか、というテーマについて描いてみようと思います。ご期待くださいませ。

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7月 小劇場企画No.23
「宣伝」

高田保=作 大谷賢治郎=演出
7月6日(金)〜16日(月・祝)
青年劇場スタジオ結(YUI)

 ラジオから聞こえてくる勇ましい進軍ラッパと「突っ込めー!」の声。陸軍省主催のラジオドラマに感激一入の市井の人々…。戦争の光明を称えるラジオドラマの舞台化をめぐり、戦争は何故起こるのか、また戦時における演劇の役割をも鋭く突いた作品。「動員挿話/骸骨の舞跳」「原理日本」に続き、大谷賢治郎氏とともに現代によみがえらせる近代古典の第三弾、どうぞご期待ください。

 高田 保(たかたたもつ)
1895年生まれ。大学在学中より新劇運動に参加し、1929年からは新築地劇団にてプロレタリア作家として活躍するも、1930年特高の弾圧で転向。戦時中は新派や新国劇の脚色・演出にあたる。戦後は東京日日新聞に、当時の政治、社会、風俗を風刺したコラムを連載。1952年、肺結核により57歳で没。


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(写真:高橋正圀氏(左)、藤井ごう氏)

9月 第120回公演
「キネマの神様」

原田マハ=原作
(「キネマの神様」文藝春秋刊)
高橋正圀=脚本 藤井ごう=演出
9月13日(木)〜23日(日)
紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
25日(火) 府中の森芸術劇場ふるさとホール

 出版社を通じて「キネマの神様」舞台化許諾のお願いをした際、原田マハさんから以下のメッセージをいただきました。
老舗映画館を舞台に、一癖も二癖もある人々が繰り広げる悲喜こもごも。高橋正圀氏と藤井ごう氏の初タッグでお届けします。どうぞご期待ください! 

「『キネマの神様』舞台化のご提案、ありがとうございます。熱意も感じられ、長い歴史で舞台を続けておられる劇団でもあり、ご提案を承諾したいと思います。
ストレートプレイで意義深い舞台になりそうですね。」
                原田マハ (2017年8月)




<全国公演>

  「オールライト」

  瀬戸山美咲=作 藤井ごう=演出
  6月〜7月 近畿・関東 他
  10月〜12月 九州・中四国・関東

  「あの夏の絵」

  福山啓子=作・演出
  7月 関東・東北
  10月 中国
  6月・10月 文化庁「文化芸術による子供の育成事業」
         (九州・沖縄)

  「島」

  堀田清美=作 藤井ごう=演出
  11月 静岡県演劇鑑賞団体連絡会議 他

  「きみはいくさに征ったけれど」

  12月 東海 他