青年劇場通信

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2019年下半期公演 ありがとうございました


9月 第122回公演<飯沢匡没後25年記念>

「もう一人のヒト」

飯沢匡=作 藤井ごう=演出

 9月定例公演は、飯沢匡没後25年を記念し、9月14日〜22日紀伊國屋ホールにて「もう一人のヒト」を上演しました。戦争の狂気の中にも庶民のしたたかさ、たくましさを“笑いを武器に”描き出したこの作品は、1970年に劇団民藝に書き下ろされ、1995年には飯沢先生の追悼公演として青年劇場が上演しました。それからおよそ四半世紀を経て、藤井ごう氏の新たな視点で戯曲を捉え直し、緻密で斬新な演出で飯沢作品を現代によみがえらせることができました。
 毎日新聞論説委員の濱田元子さんに感想をお寄せいただきました。

俯瞰して見つめる現在地

濱田 元子

 ソーシャルメディアの発達で誰もが意見を発信できる時代になったが、逆に近視眼的になっているのではないか。巨視的に時代を風刺した舞台を見て、現代の風潮へのうっすらとした危機感を覚えた。だからこそ、こういう作品に接することができるのがうれしい。

左から 葛西和雄 吉村直
 舞台は太平洋戦争末期。敗色濃い戦況を憂える退役中将が皇族の香椎宮に対し、現天皇は北朝で「偽物」だから不利なのだと荒唐無稽な話を持ち出す。思わぬことで「天皇」に祭り上げられる下町の靴職人の杉本夫婦はじめ、軍人も庶民も関係なく誰もが戦争の狂気にからめ取られていくさまが何とも滑稽だ。
 劇団のベテラン俳優陣のひょうひょうとしたたたずまい、下町の生活の匂いが世界観を支える。まるで落語的な住人たち。その嘘っぽさ、うさんくささの中に真理が見え隠れする。「天皇」になるかもとなった杉本が「おれはすぐ戦争をやめるね」と言い、「領地よこせなど何かと言いますよ」と畳み掛けられると、「そんなものどんどんくれてやるよ」とうそぶく。庶民の本音に、歴史への皮肉と戦争の大義のばかばかしさがあぶり出される場面が印象的だ(果たして、今の作家にこんなセリフが書けるだろうか)。そして、いつまでこれを笑って見ていられるのだろう、という思いもよぎる。
 藤井ごうの勘所を押さえたテンポ感ある演出、層の厚い劇団ならではの総合力が生きる舞台であった。

≪観劇後のアンケートより≫


○小さな舞台の中に大きな時代の流れが立てつづけに出現してびっくりしました。とても厚みのある構成で、笑いの中から本当のことが語られていてドタバタにならないところがすごいと思いました。私はあの時代に生きていて、奥行きの中に世相がとり入れられているのがよくわかりました。大勢の俳優がかけだし、交叉する舞台処理はすばらしかったし、自在に変化する装置の使い方もよかったと思いました。それぞれの演技も存在感があってみる者に自然に入りました。貴族と庶民の対比もわかりやすく、テーマが貫かれ、最後のシーンでほっとしました。なんの予備知識も持たないで行ったのですが思いがけない作品に出会えてよかった。ありがとうございました。
(吉田須真子さん 80代)

左から 傍島ひとみ 島本真治 藤木久美子 沼田朋樹 小竹伊津子
舞台写真2点とも 撮影:V−WAVE

○戦争中という異常な状況の中で、それでもあたり前に生きていた人がとんでもなく普通じゃないことに巻き込まれて、それで大切なものを失ったり大変な目にあったりしながらも、またあたり前に生きていく……。ある意味で人間の強さが描かれた作品で素晴らしかったです。
(櫻田将平さん 30代)

○実に痛快な舞台でした。皇族や軍部の支配層の持つ、愚劣さ、自己保身そして滑稽さと狂気などの多面的側面を3時間を超す熱演で私たちを楽しませてくれました。舞台進行や展開のリズム、演技力、舞台装置など…。みなさまのご不断の努力に敬意を表します。青年劇場のますますの発展を願っています。
(色部祐さん 70代)